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ダグラスDC-8-63 cn46000 /386 PH-DED
KLMオランダ航空〔1968年 羽田空港〕

KLM Royal Dutch Airlinesが1968年から1984年まで使用していた機体。

   
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ダグラスDC-6B 44057/354 JA6210
日本航空〔1964年 羽田空港〕
 
日本航空が乗員訓練用に、米国サターン航空(N90772)から購入した機体で、写真は羽田へ到着直後、殆どサターン航空の塗装のままでした。1967年7月売却されるまで、JAL定期便に使用されることはなく、塗装も、略このままでした。  
   
イリューシンIL-62 CCCP-86677 エアロフロート/JAL 〔1969年 羽田空港〕 コンベア880-22M JA8030 日本国内航空(銀座号)〔1965年 羽田空港〕
1967年4月にTu-114で始まった日ソ共同運航のモスクワ線は、1969年からこのIL-62が使用された。ほぼ1年間だけで翌70年3月からは、JALはDC-8-62による自主運行となり、短期間の運用であった。なお、2017年4月20日に成田空港で、東京-モスクワ線50周年の記念式典が行われている。
翌年の1966年8月、日本航空がリースして羽田空港でのパイロット試験中に事故で全損した、短命の機体であった。
   
ノール262〔(Nord 262A-14)CN2 F-BLHQ 〕1966.3 伊丹空港 全日本空輸〔フォッカーF-27 JA8615〕
日本国内航空発足当初に、フランスから購入したノール262 3機中の初号機。JDAは、この機体(おおとり)を1965年8月から就航させたが、1966年には返却し、代わりにJA3663(cn22)の新造機を購入(同じおおとり)、1968年まで、3機体制を維持していた。しかし1968年11月には、その後購入した2機とともにすべてのノール262を売却、その後日本では見ることができなくなった。
現在の仙台空港が整備される前、岩沼飛行場とも言えるころで、山側からの着陸で未だ湿地が残っていた。撮影は1964年頃の仙台空港
   
ダグラス DC-3C JA5025
1964年 全日本空輸 羽田空港
Tu-114 1967年 羽田空港 
多摩川堤防にて
R/W15からの着陸で、後方に当時の東雲火力発電所が見える。
Tu-114は、当時のソ連製長距離爆撃 Tu-95 ベアをべースにした旅客機である。1万2千馬力のエンジン4発、二重反転プロペラを装備した当時の最大級の旅客機で、モスクワ行きが週1便〔のちに週2便〕設定されていた。羽田を出発する際には、その独特な音を響かせていた。JALは1967年からほぼ2年間、シベリア経由の日ソ共同運航便として、この機体の運航をしていた。(機体及びコックピットクルーはエアロフロート)
   
JAL CV-880 JA8028 伊丹空港 ANA B727-100 JA8301 羽田空港
   
CV-240 富士航空 羽田空港

Tu-114 エアロフロートとJALの
共同運航機 羽田空港

 
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