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AIC航空写真館


ピックアップ写真館 Vol.28 : コンベア990コロナド、CV-880

2021/09/15 ピックアップ写真館

Vol.28は、前回日本で使用した国内線初のジェット化に貢献したJAL CV-880を紹介しましたが、既に運航を始めていた707、DC-8に対抗して、GD社(Convair部門)が社運をかけて世界最速の機体として開発したCV-990と、その開発遅れに対してのつなぎ役でもあったCV-880のJAL機以外の機体を紹介します。CV-990は、当時の最新鋭機であったコンベアF-102等の技術を民間機にも応用しようとしたもので、音速付近での抵抗軽減を目指した主翼に装着したスピードカプセルが特徴でした。他に、エンジン採用の面でも707及びDC-8が、JT3C ( F-100等で採用したJ-57の民間型)及び、JT4A(パワーアップしたF-105等のJ-75の民間型)を採用したことに対し、GE社の最新鋭エンジンJ-79(当時の最新鋭機F-104及び現在でも飛行しているF-4J等が採用)をCV-880機のためだけの民間用にしたCJ805-3ターボジェットエンジン、さらにCV-990用にはパワーアップするため簡易式のターボフアンエンジンとしてアフトフアンを追加したCJ805-23Bエンジンを装備しましたが、結果的にはこれら最新鋭の複雑なエンジンの整備等がネックとなり普及しなかった要因ともなっています。CV-880の胴体を3.5m延長、航続性能、空力的特性も改善されたCV-990でしたが、1961年から1963年まで37機製造されただけで終了し、1965年のコンベア社消滅の一因となりました。日本ではスイス航空が羽田路線で使用していたこと、他に、ガルーダ航空、タイ航空(SAS)等の機体も良くみられました。 また、NASAは、その高速特製を生かした試験機として、3機(1993年ごろまで運用)使用した実績があります。

コンベアCV-990-30A cn30-10-7 HB-ICA スイス航空〔1966年 羽田空港〕

1962年1月 Swissairへ引き渡されたCV-990の初号機です。Swissairは計8機のCV-990(HB-ICA~HB-ICH)を1975年まで運用しましたが、この機体はSpantax(EC-CNG)へ売却、1984年ごろまで使用されました。

コンベアCV-990-30A cn30-10-11 HB-ICB スイス航空〔1966年 羽田空港〕

Swissairの2号機で、羽田での離陸、主翼後縁のスピードカプセルが見えます。なお、Swissairは、CV-990の納入が遅れたことで、1961年に略1年間のみ、2機のCV-880をコンベア社からリース、その中の1機HB-ICL (cn22-00-43M) 機が、その後、日本のJDA(JA8030 銀座 )にリースされた経緯があります。

コンベアCV-990-30A-8 cn30-10-37 PK-GJC ガルーダ航空〔1964年 羽田空港〕

Garuda Indonesia Airwaysは3機(PK-GJA~PK-GJC)のCV-990を使用、DC-8に代わるまで羽田路線に使用していました。なお、この機首に書かれた「MAJAPAHIT」とは、インドネシアのジャワ島中心に15世紀頃まで栄えた大国、マジャパヒト王国を指します。

コンベアCV-990-30A -8 cn30-10-37 PK-GJC ガルーダ航空〔1964年 羽田空港〕

なお、この機体は1973年NASA(N712NA)へ売却、NASAではGalileo Ⅱの名称で日食や琉星観測に使用、初期の「空飛ぶ天文台」として1985年頃まで活躍していました。

コンベアCV-990-30A cn30-10-17 HS-TGE タイ航空〔1963年 羽田空港〕

1962年Swissairが受領、即SAS(SE-DAZ)がリース使用していた機体で、その間短期間TAHI航空がリース(HS-TGE)、羽田路線に使用していた時のものです。

コンベアCV-990-30A cn30-10-17 HS-TGE タイ航空〔1963年 羽田空港〕

この機体は、この後SASへリースバックされましたが、胴体にはThai Airways InternationalとScandinavian Airlines Systemの名称が書かれています。なお、その後は、Swissair及びBalair (HB-ICH)、Spantax (EC-CNH)で使用されました。

コンベアCV-880-22M-4 cn22-00-44M B-1008 CAT〔1965年 羽田空港〕

台湾のCivil Air Transport (CAT)は、この1機のCV-880を1961年に購入、マンダリンジェットの愛称で1968年B-727に代えるまで羽田線で使用していました。

コンベアCV-880-22M-4 cn22-00-44M B-1008 CAT〔1965年 羽田空港〕

B-1008 Mandarin Jetで胴体の金色の帯、機首の金色の龍と非常に目立った塗装でした。

コンベアCV-880-22M-21 cn22-00-54 VR-HFY キャセイパシフィック航空〔1966年 羽田空港〕

1961年から1966年までAlaska Airlinesで使用した機体で、Cathay Pacific Airways(CX )が購入、1975年まで使用していました。なお、この塗装は購入時の旧塗装です。

コンベアCV-880-22M-21 cn22-00-53 VR-HFZ CX〔1969年 福岡空港〕

1961年VIASA (YV-C-VIA)に引渡され、1967年からCathay Pacificが使用していた機体で、写真は工事中の福岡空港R/W34側からです。なお、この機体1972.6.15 バンコック-香港便(CX700Z)で、ベトナム上空(FL290)を飛行中、貨物室に仕掛けられた爆弾が爆発、ジャングルに墜落し乗員乗客81名全員死亡の大惨事となっています。