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AIC航空写真館


ピックアップ写真館 Vol.37:1963年 二子玉川園 航空博覧会

2021/09/24 ピックアップ写真館

最近は、家で巣ごもりすることが多く、撮影した古いネガを整理する機会が増えました。
1963年に行われた二子玉川園での航空博覧会は、展示機等今では見られない機体も多く、最近では珍しくもない航空ショー等とは、また異なる雰囲気もあり参考に紹介します。
1963年は、私が学生生活を東京で始めた年であり、本格的な写真も始めた頃でした。
航空博覧会での展示の目玉は、飛燕、アンリー・ファルマン、RHM等の屋内展示(テント)に加え、自衛隊機等でしたが、飛行場ではもう見ることが出来なくなった機体も多く(都会地であったことから、搬送、移送し易く直前にリタイアーした珍しい機体等)、今となっては貴重な展示会でもありました。

飛燕「キ-61Ⅱ改 試作17号機」

この機体は、終戦直後、破壊処分のため多摩飛行場(横田)へ集められた機体でしたが、この「飛燕 試作17号機」だけが米軍横田基地で屋外展示され残っていました。残った唯一の「飛燕」であり、その後日本へ返還され、日比谷公園(1953年)等で展示されていましたが、損傷が酷くなり米軍立川基地で修復、この航空博覧会の初日に米軍からの返還式を行い、展示されたものです。唯一の機体であるため、その後も各地を廻り展示され、鹿児島の知覧特攻平和会館で長く展示されていましたが、現在は、2016年に製造者である川崎重工で復元作業が行われた後、岐阜の「かがみがはら航空宇宙科学博物館」で展示されています。

「アンリ・ファルマン」

明治43年「代々木練兵場」で、日本で初めて飛んだ飛行機で、終戦後アメリカが接収、その後返還され旧交通博物館等で展示されていた機体です。現在は、「所沢航空発祥記念館」で展示されています。

R-HM プー

戦後の1954年、新立川飛行機が、フランス人のアンリ・ミニエの指導の元に製作した、独特の機体で、操縦が難しかったことから量産はされなかった機体です。一時、交通博物館等でも展示されていましたが、最近では、製造者のタチヒへ戻され、一般公開も行われていました。

ノースアメリカンF-86D

前年に小牧基地第3航空団で用廃となった機体ですが、数少ないF-86D型で、当時見ることのできない旧塗装でした。

デ・ハビランドDH.100バンパイアT.55

航空自衛隊が1956年国産ジェット練習機T-1の開発、技術研究用に購入した機体で、1960年には用廃処分となり、各地で展示等されていましたが、世界では3000機以上製造された戦闘機 / 練習機です。 現在は、浜松の航空自衛隊浜松広報館で展示、見ることができます。

グラマンTBM-3S2アベンジャー

戦時中に日本海軍と渡り合った(ミッドウェー以降)機体ですが、戦後海上自衛隊に20機ほど供与され、鹿屋基地で1961年まで運用されていた対潜哨戒機です。

グラマンTBM-3S2アベンジャー

同じ機体ですが、その展示方法、翼下に装備された武装(訓練用)で、2.72インチロケット、5インチロケット、350ポンド対潜爆弾と表示され、今では見られません。

ウェストランド・シコルスキー WS-51

ウェストランド社製のシコルスキーS-51型で、3機だけ導入され1961年には、退役した機体です。

ノースアメリカンT-6 テキサン

一時30機以上導入され練習機として使用されていた機体で、当時は一部の機体のみが、救難機として1969年頃まで使用されてました。

セスナL-19A 50-1583 (陸上自衛隊JG-1012)

セスナL-19A 50-1583 (陸上自衛隊JG-1012)
1951年US ARMY ニューオーリンズ、Port of Embarkationへ配備(50-1583)され、その後1954年陸上自衛隊へ供与され、1972年用途廃止され、米国へ返還、その後1974年頃は、コロラド州Forest Serviceで使用された記録がありました。