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戦闘機の世界 Vol.21 <<「戦闘機の世界」トップページに戻る

本項では2019年12月1日、F-4EJ飛行隊発祥の地でもある百里基地での航空祭 (ラストファントム エアショー) が終わったこともあり、最初の時点1972年5月、百里基地で発足した臨時F-4EJ飛行隊の頃の様子を紹介したいと思います。臨時F-4EJ飛行隊は、翌1973年10月16日 F-4EJ初の飛行隊、第301飛行隊となり、その後は、1974年10月千歳で302飛行隊(11月から初アラート任務)が発足しています。百里での臨時F-4EJ飛行隊は、F-104Jに代わる初の全天候重戦闘機による各種試験的運用だったこともあり、部隊マークこそ書かれていませんでしたが、当時の主力機F-104Jに混じったそのフライトは興味深いものでした。但し運用中の1973年5月1日、飛行隊長尾崎二佐操縦の搭乗機 27-8304機が、F-4EJ初の事故機となったことが衝撃だったことで、今でも残念に思い出されます。なお、紹介する初期のF-4EJは、すべてマクダネル製(2機の輸入機及びその後37-8313までの三菱ノックダウン機)で、三菱製のライセンス生産機の37-8314以降の機体 (製造番号M11-001以降)とは異なり、型式名は、F-4EJ-45-MC等が正式名となります。